ひかるの新婚生活、女房の実家に猛反対され、それこそ三畳一間、電化製品ひとつない、貧乏どん底からのスタート。
木造で、廊下は歩くとミシミシ音がし、トイレはポットン便所の安アパート、夫婦で共働き、やっと家賃が払えるという生活。
東京で家賃が一番安いアパート。当時アパートには沖縄出身者の入居お断り看板が出ていた。
沖縄名字のひかるは当然パスポート保持者。
ひかるはテレビの世界で仕事をしていたが、当時は白黒放送で、給料など一般の企業の社員に比べられない、どん底生活であった。
ボーナスが入ったら洗濯機を買おう、その次は冷蔵庫、テレビと夫婦で夢を描き、必死で働いていた折、学が自由が丘に五階建ての賃貸しマンションを建てたので、管理人をしてくれないか、との話。家賃は無しとの話だったので、これ幸い飛びついた。
ただほど高くつくものは無い。この管理人の仕事、とんでもない結果を生む事になる。
当時マンションという言葉は、聞き慣れない言葉で、走りだったのである。
家賃も高かったので、入居者はハイクラスの人ばかり。有名な銀座の老舗ビルの息子夫婦だとか、新宿の高級クラブのママさんだとか、自他共に金持ちと認じる人ばかりである。
そういう人達から見ると、明らかに若くて、家賃の出ないマンションの管理人をやってる人間なんぞ、見下げた貧乏人に見えたのだろう。
隣人同士のいざこざ、上下階のいざこざ、トイレが詰まっても管理人の責任だとか、やたらめったら無理難題を押し付けて来る。
下の階からの焼き肉の匂いを、あれは我が家に対するあてつけだ。なんとかしろ、と言ってくる。
とうとう女房が、初めての子を流産してしまった。住人は流産した事を知っているが、優しい言葉をかける訳でもない。
貧乏人など子供を作る資格がない、と言わんばかりに輪をかけて自分たちの争い事を管理人に押し付けてくる。
金持ちなら、心豊かに周りに温かい目、優しい言葉がかけられるものだと思ったが全く逆だ。
金持ちは、人間としての情が金に奪われてしまうものだ、としみじみ感じた。
その後、妊娠をしたので出る決心をし安アパート生活に戻った。
数年後、学が35歳になった頃、母親から嫁探し、お見合いの相手を見つけて欲しいと頼まれた。
友人の為と思い、あちこちに声をかけ、二度も見合いをさせたが成立しなかった。
相手はなんの非の打ちどころもない。素晴らしい女性で、成立しないという事はおかしい。
本人を捕まえ、とことん本音を聞いてみるとびっくりした。
女は自分の背負っている金、財産が目当てだ。
そんな女に子供が出来、子供にまで財産を持っていかれるかと思うと、どうしても決断が出来ないという。
お金の亡者、呪縛に縛られた人間の頭の中というのは、そういうものか、と呆れ果ててしまった。
以後、ひかるは二度とお見合いの段取りはしかかった。
周りの友人も、同じ経験をしているから、誰一人として学に結婚を進める人はもういなくなった。
学はゴルフが好きで、金に任せゴルフ場の会員権を北海道から九州迄くまなく買いあさっていた。
先行投資で、いずれ倍、倍になると自慢していた。
事実、ある程度倍くらいにまでなったようだが、しかしバブルがはじけてしまった。
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