z1196 社長


二十歳で島を出た時は、着の身着のまま、石垣島、沖縄本島で、日雇い労働者として旅費を工面、少しでもいまわしい記憶のある島から離れたい、と大阪まで辿り着いたのである。
大阪でペンキ屋、左官や土木作業員等転々し、溶接工になった。
暇になると、どうしても島での出来事を思い出す。
忘れるように、人の二倍三倍働きに働き続けた。
溶接工から身を起こし、今では立派な鉄骨屋の社長となったのだ。
社員へ訓示する事は「借金経営はしない、夜駆け、不意打ちはだめだ、
物事は正面からとらへ、筋を通し、正々堂々と行うべし、
迷った時、辛い時は、お互い知恵を出し合い助け合っていこう」
という経営理念を貫いているのだ。
社内外からも太っ腹な立派なリーダーとして、社長として尊敬されているのであった。
自分は今、何の不足もなく幸せ、お金はその気になって働けばいくらでも手に入る。
明子を見た時、自分が起こした事件、その影響は明子の人生に少なからず災となった事は間違いないだろう。
出来るだけの事をやり、詫びようと思ったのである。
詫びて済むような事ではない、明子が幸せになることを願い、手を合わせる日々である。
今日の金曜日も無言電話があり、明子は華やかな気持ちで踊り狂っていた。
明子の踊りには、願いが込められた念仏踊である。
確かに、昭二の事は、大好きであった。
恋しい昭二、いとしい昭二は、何時の間にか徐々に遠いものとなりつつある。
昭二を思い浮かべると、孫をお風呂に入れる姿、乳母車で散歩、木陰でくつろぐ昭二の姿。
もう今となっては、思いを寄せたとて、叶わぬ夢となってしまった。
世の中を這いずり、惨めな生活を救ってくれた昭二、今では大事な大事な恩人である。
遠のく恋心、不安でもある。
しかし親にはぐれた子供が、親を恨み、親を恋しがる、生きているなら、もう一度会いたい気持ち同様、昭二には、今の姿をもう一度見て欲しい。
今更交わる心は微塵もない。
たった一度、もう一度、自分の姿を見て欲しい。
この極楽とんぼで、一晩で良いから泊まって欲しいのである。
蘇えった明子は、とても六十に手の届く女性とは思えない。
若々しく、遥か彼方を見つめ、遠ざかる昭二の姿を追い求める踊り、時にはフラメンコを遙かに凌ぐ激しさ、しなやかな腰の動き、
見る者を怪しい魔の世界へ引きずり込みかねない、艶やかな色気さえ漂う。
お客が明子の踊りを見ると、ジッとしていられない。
一緒になって腰を上げ、激しく踊り狂うのである。
今日も明子は、心の中で念仏をあげ踊る。
民宿とんぼ 極楽とんぼ。
一度でいいから、泊まりに来て下さい。
きっと、きっとよ!
民宿とんぼ 極楽とんぼ。是非、泊まりに来て下さい。
きっと、きっとよ・・・・・完

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